日々、迷走

雑記。日々のこと、たべもの、音楽、海外、IT、ドラマ、アニメ、映画、等々。月憑きの名前でTwitterやってます。@moon_tuki

キャットコールと海外かぶれ

いつかTwitterに出てきそうな言葉リストの上位でしたが。
キャットコール、キャットコーリング。
スペルはそのままcatcall。
まぁセクハラの一種ですな。
たいていは道行く女性にそのへんの男性が性的な言葉や汚い言葉を投げて反応を楽しむ、というゲスいもの。
それが最近のTwitterでは褒め言葉でも過剰だとキャットコールだからね、日本人はそういうの喜んじゃうからダメ、みたいな話になってきてるけど。
実際、日本より欧米のが褒め文化があるのは事実なので、普通にブランド店とか行っても「今日のファッション素敵ですね」「あら、ありがとう」みたいなのは日常茶飯事だし、別に僕はこれはキャットコールには含まないと思っている。(まぁそれでも不快なら毅然とした態度で拒絶すべきだけど)
普通に店員とか友達同士とかの他愛ない褒め合いにまで目くじら立てることはないと思うけどね。
僕も東洋系の女性ってだけでレストランでサービスされたり、観光案内所で優しくしてもらった経験はある。
これが全てセクハラに(嫌に)感じるなら、僕はこんなに海外旅行してない。
逆にたった数回、たった数年の偏った海外経験のある、海外かぶれの方々が鼻高々に「これ知ってる!私も言われたけど、セクハラだから!反応する日本人はダメ!!」みたいな立場こそ、日本人の立場を悪くすることもあるなと思う。
セクハラを受け入れろってことではなく、店員さんとの挨拶くらいしろ、という意味で。

で。
本来のキャットコールの、すれ違いざまとか、路上に座ってるホームレスからの言葉ですが。
そもそもそういうの、普通に教科書で英語の点数稼いでた勢が到底聞き取れるものではない。
How's it going?とか beautifulとかくらいまでなら僕もなんとか聞けてるけど、スラングになると「なんか今汚いこといわんかったか、、」くらいな感じ。
ま、そういうのに反応しないのがキャットコールのかわし所にはなる。
明らかに自分に言ってるからね。
視線向けたくもなるけど。
そもそもすれ違うだけで声掛けてくるなんて意味わかんないんだってば。海外でもそこは基本に立ち返って欲しい。

ちなみに今まで行った中でダントツで街中の声掛け率が高かったのはアフリカのモロッコ
アフリカはまだまだ東洋系が目新しいので、地味なジーンズにパーカー、みたいな格好でも結構目立つ。
beautifulとか死ぬほど言われた。日本人にこの話すると「は?(半笑い)」っていわれるけど。
そしてフランス語圏だしよくわかんなかったってのもあるが、キャットコールってほどでもなかったかなと思っている。
すれ違いざまに声をかけるという意味不明さはさておき、無視して早足で歩けばついてくるってことはなかったし、単に東洋系への興味だろうな、というのが透けてたので。
レストランや店でもいちいち褒められたけど男性含めみんなに何かしらは言ってたし挨拶みたいなもんでしょ。

痴漢やセクハラにあたるものを文化として許容するつもりは毛頭ないけれど、言葉の規制というのは難しいものがあると僕は思う。
ある時は美しく、ある時は汚く様変わりするのは、言葉の本質であって、過剰な規制や迫害はただ文化の抑圧になるだけで、また違う美しい言葉が違う意味を持たされるだけの話かと。
例えば挨拶として褒め合うとか、How are you?くらいは聞く文化までセクハラと騒いで潰しにかかるもんでもなくね?と思うわけ。
性犯罪に合うかどうかと、キャットコールに愛想良くしてしまうことの相関関係は分からないけれど、そんな重箱の隅をつつくよりは、本当に嫌なことを言われたりされたりしたときに拒絶できる強さや知識を持つ方が数倍安全なわけで。
褒められて嬉しかったなら、嬉しいと言えばいいし、嫌だったなら拒絶すればいい。
いちいちイタリアまで行って店員の愛想に「これはキャットコールかも」とか思わなくていいし、意味わかんない路上の声掛けにいちいち怯えることも、応えることもない。
そういう判断を自分でして、自分の意思で対応して、その上で「イタリア人素敵だった」って思うなら、それはそれで知ったかの海外かぶれに遠慮せず発信してっていい事だと思う。



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